Monday, March 9, 2015

最近のカラダの事情〜其の1〜

根っからの飽きっぽい性格のおかげで、大抵のことは3日坊主で諦めてきた。日記然り、文通然り、ジム通いも例外ではない。長い間、ジムに月謝と言う名の寄付をしてきたようなものである。ジムに通うことはおろか、止める手続きをするのも面倒くさいのだから手に負えない。あの月謝、いや、寄付金が今あれば、優に日本行きの往復ビジネスクラスのチケットがペアで買えるであろうが、後の祭りとはこういうことを言うのであろう。それでも何年か前までは、正月が来る度に一念発起したつもりで新しいことに挑戦したり、結局しなくても、しようという思いはあったはずである。それが最近ではどうだろう。去年なんて、パーティーにも行かず、家でひっくり返ってプロレス•オンデマンドを観ていて、カウントダウンも逃してしまった。最近、心身共にタルみすぎている。地下鉄の階段も上がる前に上を見上げてうんざりしながらも、顔だけは童顔なので、途中で息があがって、「若いクセに」と、周りに笑われないように、プライドというよりは、意地から自分に喝と気合いを入れなければいけない程である。

つい先日のことである。

ワンコのママ友とランチをしていて、ちょっとしたことからキックボクシングの話になった。「そういえば、グルーポンにキックボクシングの安いクラスが結構出てるんだよね。」興味本位で調べてみると、1件出ている。10回のクラスで50ドル、つまり1クラス(1時間)あたり5ドルと、リーズナブルなお値段である。場所も、家から車で10分かからないところにある。ちょっとした偶然が重なり、最近のブルーな気持ち、そして何よりやってみたいと目を輝かせる友人の手前、後には引けなくなってしまった。「ホントに大丈夫かな」不安な気持ちから、ヘンな、高揚にも似たテンションになって、お酒も飲んでないのにハイな気分で、友人と共にその場で決済を済ませた。その翌週の月曜日、私達はジムへと足を運んだ。

ジムは、Jewish Community Center のビルの4階にあるが、建物の前にも、周りにも、看板や、宣伝らしきものは一切見られない。Jewish Community Center とは、ユダヤ教信者の人達が集まれるホールがあったり、地域の慈善事業をしたりするビルである。事前に電話をしておいてよかった。こんな所、誰が話もなしに分かるというものか。話してたって、ビルの前で半信半疑でお上りさんよろしくキョロキョロする始末である。意を決して、私と友人はビルへと歩いた。

ジムは4階と聞いていたが、エレベーターには3の階数までしかない。側にいた人に尋ねると、3階でエレベーターを降りて、あと1階分は階段を使うとのこと。言われたとたんにイヤになった。運動前から運動するなんてあり得ない。ここまでだって、できることなら担架か車いすで来たいくらいである。階段を上る私の顔は、きっと憮然としていたに違いない。

ジムに着くと、クラスの前に少し話を聞きたいと言われ、事務所に向かう。そこで軽い面接というか、インタビューを行った。インストラクターの先生に申し込み用紙を渡され、記入するように言われる。そこには名前や住所だけでなく、このジムに入る動機や、最後までやり遂げられる意思の有無を1から10の数字で答えろとある。グルーポンで安売りしていたから、等と書いてもいいのだろうか。でもあまりにキレイごとで、歯が浮く様なことは書けないし、イヤイヤ、いっそここは自分に檄を飛ばす意味でも、暑苦しいことを書いてみようか...事務所の壁にかかっている賞状をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、隣の友人はもうさっさと書き終えて、記入用紙を先生に返しているところだった。まだ半分も書き終えていない私はハッとする。運動ならず、思考までどんくさいなんて、どこまで恥ずかしい奴なんだ。歳に似合わない赤い顔で友人を見上げると、彼女は私の手許を覗き込み、おかしそうに笑った。「アリサ、先生専用の記入欄にまで書いてるよ」ハッとして用紙を見直すと、生徒が書くのは名前と、住所、電話番号くらいで、動機やその他はSTAFF ONLYとなっている。それもご丁寧にすべて大文字で記してある。私の焦りはマックスである。泡食ってそれまでかいた能書きの上にボールペンで線を引く。急いで先生に返すと、「あれ、なんで消しちゃったの?そのまま使おうと思ってたのに」友人がいなければ、その場で最敬礼をして帰っている所である。もう汗をかいている。先生の苦笑する顔をまともに見ることが出来ずに、私はまた壁の賞状へと視線を向けた。

「あなたはなんでこのジムに興味を持ったの?」先生が、まず隣の友人に聞いている。「少しでも、自分の病気と向き合って、症状を和らげたいと思っているからです。」彼女は、先天性の肺の病気を患っている。27の若さで、これより酷くなれば肺の移植を受けなければならない程で、少し走ったりするとかなり咳き込んだり、去年も一般的なただの風邪をひいただけにもかかわらず、肺が弱いため、10日程入院するハメになってしまった。かかりつけの医者には、たとえ咳が出ても、運動をして、肺を鍛えることが病気を少しでも良くするコツだと言われたという。他にも色々な病気を抱えている彼女であるが、いつも明るく、笑顔のステキな、ホントに可愛らしい女性である。彼女と知り合ったのは、去年、彼女と私が犬を連れてくる公園で話したのがきっかけであった。人見知り、というよりは極度の人嫌いの私の警戒を一瞬で和らげてしまうような笑顔で、「私の犬とあなたの犬は本当に仲良く遊んでるから、もし良かったら、今度から電話し合って公園で待ち合わせしましょうよ」と言われたのが馴れ初めである。それからというもの、会わない日はない程いつも一緒にいるような仲である。今でも、あの公園で声をかけてもらってホントに良かったな、としみじみすることがあるくらいだ。これ以上彼女のことを書き連ねると、恋愛感情があるような響きになってしまうので、というかもうなってるかも、という考えはこの際無視して、話を元に戻すことにする。一通り話を終えた後、先生は私の方に向き直った。「アリサは、どうしてここに来ようと思ったの?」あんなに時間があったのに、そして質問も分かっていたのに、ここにきて言葉に詰まる。自分の思考の小旅行癖を恨みたい。場所もわきまえずに、彼女との友情を想ってしみじみしていた自分はつくづくアホである。単細胞のパッパカパーである。咄嗟に、「自分自身の乱れた生活ーライフスタイルーそのものを見直したいと思ったからです。」口からでまかせの割には随分と殊勝なことを言ったものだ。いや待てよ。案外今のがホンネだったのかも。もう地下鉄の階段を睨みつけるのも、角のコンビニに行くのに車を出そうかと真剣に悩むのも、ワンコのたっちゃんに自分の所までリモコンを持って来させるようにしつけようかと考えるのにも嫌気がさしていたように思う。自宅から、フリーランスの翻訳家として働いているため、普通の会社通いの人のように外に出ることはない。たっちゃんをドッグランに連れて行くのと、たまにスーパーでまとめ買いをする以外、人嫌いで出不精の私はまず家にいることが多いし、特に、スタテンと違い、人の多いクイーンズに引っ越してきてからは、極力外出を避けていた。私は、自らが周りに建てた壁のせいで、息が出来ないような、日の光があたらない、暗い場所に閉じ込められたような気持ちになっていたのかもしれない。先生は、感心したように私を見据えて、「あなたにとってこのチャレンジを成功させることの大切さは、1(最低)から10段階(最高)のなかで言うと、どこになりますか?」「10です。」私は間髪置かずに切り返した。切り返しながらも、こんな所で、「てゆうかどっちでもいいので1か2です。テヘッ」なんて言うバカがいるのかね。と、天邪鬼で、カワイくない私は頭の中でそう皮肉った。先生は私達両方を見つめると、「入会おめでとう。僕や、他の先生が真剣にキミ達のゴール達成を手伝うから、何かあったら遠慮なく言ってね。」固い握手の後にグローブを手渡されて、今、やっとクラスが始まろうとしている。

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